世界の終わりがやってきた、そう思った。
その日は天気が良かったので、アマカジを連れて散歩に出ていた。いつもと変わらない一日であるはずだったのだ。パイルジュースを飲みながら、隣町までショッピング、疲れたらカフェで休憩して、アマカジと遊ぶ…ごくありふれた休日だった、何も変わらないはずだったのだ。
「アマ!アママ!」
「どうしたのアマカジ、何?上?」
アマカジがしきりに上を向いて飛び跳ねだしたので、空を見上げた。
空に穴が開いていた。
「何、あれ…」
事態を理解する間もなく沢山の穴から無数のナニかが現れた。ポケモンかどうかすらわからない。でも見た瞬間ヤバいと思いアマカジを抱えて全力で走り出した。仮にポケモンだとしても、トレーナーでもない私に戦うことなんかできない。
街はすでに地獄だった。
赤い巨体がトラックを殴り飛ばし、白い影が高速で視界の隅を駆け回る、小さな何かが動いたかと思えば電柱が切断され、巨大な竹がビルを瓦礫に変え、それを黒いナニかが貪り食っている、この世の終わりのような光景だった。逃げる人、戦おうとする人、泣き叫ぶ人…パニック状態に陥っていた。私の記憶にある町が、見るも無残に壊れようとしていた。夢ならどれほど良かっただろうと思ったが、五感のすべてがこれが現実だと訴えていた。
「何がどうなってるの…!」
とにかく家の方向へ走って逃げた、私の兄はかなり腕の立つポケモントレーナーだ、この事態をどうにかできるかどうかはわからないけど、それでも兄に頼る以外何も思いつかなかった。
「はぁ…はぁ…」
ここを曲がれば家まであと少し、そんな時。
道の先にナニかが浮いていた。
「ひっ…」
半透明で触手をぶら下げたナニか…メノクラゲから目を無くしてもっと不気味にしたような…直感であのバケモノの同類だとわかった、慌てて引き返そうとしたが足がもつれて転んでしまった。目なんかないのに目があったような気がした。立ち上がろうとしたけど恐怖と混乱で足が動かなかった。
(気づかれた…逃げられない…!)
「アママ!」
その時、アマカジが腕の中から飛びだした。頭のヘタを回して必死に威嚇している。私を逃がすために、かないっこないのに。
「アマ!アママ!アママ!」
「だめ…!やめて…!一緒に逃げるの…!」
ソレは触手のようなものを伸ばし始めた。
アマカジが死んじゃう、
その可能性を予期したとたん嫌な汗が噴き出した。
ずっと一緒だったのに。
そんなのは嫌だって叫びたいのに口が上手く動かない、手を伸ばしたいのに体が動かない、走り寄りたいのに足が動かない。
助けたいのに力はない。
「誰かぁ…!助けてぇ…!」
そんなか細い悲鳴しか、無力な私に出すことは出来なかった。
「トレーナーの皆さん」
誰も拾うはずのない悲鳴を拾う者がいた。
その時私は見た。
あの超人を。
「え…?」
私たちを守るようにバケモノの前に現れた彼は茫然とするアマカジを拾い上げ、私の前にそっと置いた。その目は、アブリーのように優しかった。
「行きなさい、歩みを止めてはいけません」
「…!は、はい…!」
私はアマカジを抱えてその場から駆け出した、あれが何なのかはわからなかったけど必死に走り出した、もう二度と離さないようにアマカジを強く抱きしめながら。
「おい!大丈夫か!」
「お兄ちゃん!」
「とにかく逃げるぞ!フーディン、テレポート!」
そして何とか兄と合流した私は、その地獄から生きて帰ることができたのである。
~数日後~
「…うるとらびーすと?」
あの事件の後、私達は別の地方に住んでいる親戚の家に避難することになった。空に開いた穴はふさがったものの街への被害は甚大で、また同じことが起きるかもしれないという事でしばらく離れた方がいいという兄の判断からだった。
「ああ、アローラ地方でたまに目撃例のある別次元のいきもの?らしい。この前エーテル財団が発表してただろ?」
「知らない…」
「アマ~」
初めて聞く名前だったが、昔は正体不明のバケモノと言われていたものの、なんでもそのウルトラホールに直接飛び込んで調査した研究者の実地調査の甲斐もあり研究が飛躍的に進んだそうだ。
「しかしよく無事だったな。トレーナーでもないお前が…」
「あっそれは…」
私は兄に彼の事を話した、ウルトラビーストの前に立ちふさがり私たちを助けてくれたあの超人の話を。
「…アローラマンだ」
「アローラマン?」
兄は私の話を聞き終えると、信じられないという顔でそう言った。
「少し前からポケモントレーナーの間で噂されている謎の超人だ。伝説のポケモンやウルトラビーストが現れた時にどこからともなく現れる正体不明の存在…本当にいたのか…」
彼はいったい何者だったのだろうか、何の目的があって私を助けてくれたのか…。あの日以来、結局お礼の1つも言えないまま、彼…アローラマンと出会う事はなかった。